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かいぶんしょおきば

怪文書を適当に投げ捨てておくところ

堕天使と夢魔と監視者と

ちょっと電波を受信したので書いてみます。

 

僕は次のライブステージの企画を練ったり、いろんな書類の処理やらに追われて1人事務所で残業していたのだけれど、暑さで体力が奪われていたのと、このところ休みなしでずっと連勤だったのが重なり、つい居眠りをしてしまっていた。ふと気づくと夜の闇もすっかり深まり、電気の消えた事務所に入る光は月の光くらいのものだった。事務所の掛け時計を見ると、既に時計の針は頂点を通り過ぎていた。

 

「…しまった。終電逃したな…」

 

自分以外誰もいない事務所で1人呟く。しかし、いくら後悔しても時間は巻き戻ってはくれない。前向きに考えよう、と決意し、意識を切り替える。終電を逃してしまった以上帰ることはできない、ならば、今のうちにできる仕事を済ませてしまおう。そう思い、資料を探すために事務用の椅子から立ち上がろうとした時、自分の体が全く動かないことに気づいた。正確には、顔を動かして周りを見渡したり、声を発することはできるものの、手足が全く言うことを聞かない。まるで石になってしまったかのようだった。

 

「どうなってんだ……?おい…動け、動けよ……ッ!」

 

必死になって体を動かそうとするも、腕や足はおろか、指先すらピクリとも動かない。一気に冴えていく意識が、恐怖に支配されていく。

……その時、誰もいないはずの事務所の扉がゆっくりと開いた。こんな時間にアイドルが事務所を訪ねてくるとは考えにくいし、アシスタントの千川ちひろは昨日から有給休暇を取って海外旅行に出かけているため現れるはずがない。思わず身構えようとするも、自由のきかない体では何をすることもできない。恐怖のあまり叫びそうになるのを堪えながら入ってくる人物に目を向ける。

 

蘭子「………今こそ、我が魔力を解き放つ刻」

 

「ら……蘭子……?」

 

入ってきたのは、我が事務所の所属アイドルの1人である神崎蘭子だった。見知った顔だったため一気に緊張がほぐれる。強張った体からすっと力が抜けた。

 

「なんだよもう…脅かすなよ…。というかなんでこんな時間に事務所に来たんだ。14歳の女の子が出歩いていい時間じゃ…んむっ」

 

体が動かせないことに気づかれないように振る舞いつつも、こんな遅くに事務所にやってきた蘭子に小言の一つでも言ってやろうとした刹那、唇を塞がれる。柔らかく、暖かい感触が唇を支配する。頬を赤く染めた蘭子の顔が目の前に広がる。女の子特有の甘い香りが全身を包み込む。

 

キスをされているのだと気づき慌てて振り払おうとするが、顔しか動かせない状況では上手くいくはずもない。それどころか、抵抗する僕の口をこじ開け舌を滑り込ませてきた。何が起きているのか状況が全く整理できないまま口の中を彼女の舌に蹂躙される。やがて僕は抵抗を諦め、彼女のなすがままになっていた。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。暫くしてから蘭子の唇が僕から離れる。2人の唇の間に一筋の橋が架かり、そして切れた。

 

蘭子「契約は交わされた。汝、我が眷属として転生せん」

 

「…待ってくれ、どういうことだ。こんな夜中に事務所に来て、いきなりキスされて…それで契約だって?話の流れが急過ぎる、順を追って説明を…」

 

混乱する僕を尻目に、満足そうな表情を浮かべる蘭子。状況整理のための説明を求める僕の言葉は、しかし、最後まで続かなかった。突如事務所の床の複雑な模様が描かれた魔法陣が出現し、その中から1人の女性が現れる。

 

美波「ふふっ、お疲れ様です。プロデューサーさん♪」

 

「美波……!?え、待て、お前今どうやって……」

 

目まぐるしく、そして非日常的に変化する状況に全くついていけず、思考回路がオーバーヒートしそうになる。脳が現実を理解することを拒み、ただただ呆然とする僕。美波はどこか艶美な微笑みを浮かべながら、半分放心状態の僕に近寄り、そのまま僕の首に腕を絡め、半開きになった僕の唇を自身の唇で塞いだ。

 

「んむっ…!?ちょ…みな、み…んっ、おまえまで…」

 

美波「ふふふっ……んむっ、ちゅぱっ…」

 

抵抗することもできず、なすがまま美波に唇を奪われる。当然のように舌をねじ込まれ、彼女の唾液を飲まされる。蘭子のものとはまた違う、オンナの香りに脳が支配される。

 

しばらくして、それでもう満足したのか、美波は僕から離れていった。自分の担当アイドルに立て続けで濃厚なキスをされ、完全に放心する僕のことなど御構い無しに、彼女は告げた。

 

美波「これでプロデューサーさんは私の眷属になりました。これからもよろしくお願いしますね♪」

 

「………(何がどうなってるんだ……)」

 

すると、突然の闖入者に呆気に取られていた蘭子が口を開いた。

 

蘭子「…まさか、冥界より出でし夢魔の一族……?」

 

美波「そういう蘭子ちゃんこそ。まさか本当に天界を追放された元天使だったとはね」

 

蘭子「ククク…如何にも。我が力の復活には強大な魔力を秘めた眷属が必須。そして満月の夜、すなわち今宵、我が友は従順なる僕へと生まれ変わったのだ」

 

美波「そう……残念ね。その契約は無効よ。私のさっきの行為を見てたでしょ?貴女の契約を私の契約で上書きした…つまりプロデューサーさんは私の眷属、蘭子ちゃんのものにはならないわ」

 

蘭子「冥界の夢魔よ、我が真結界はその程度の魔力で破れるものではない。プロヴァンスの風はいつも我と共にあるのだ」

 

立て続けにキスをされた衝撃からようやく立ち直り、2人の会話の内容に思考を巡らせる。普段から邪気眼な言動の蘭子はともかく、真面目で優等生な美波までが天使がどうとか契約がどうとか言っている。しかも、当人たちにふざけているような様子は一切ない。となると、おそらく先ほどの契約がどうとかいう話は全て真実なのだろう。そこまで考えが至ったところでふと気になったことを口にしてみた。

 

「なぁ…美波が、えーっと、夢魔だっけ?だったり、蘭子が元天使ってのは本当の話なのか?」

 

美波「ええ。そうですよ」

 

蘭子「如何にも」

 

あまりにも非現実的な質問にあっさりと肯定する2人。驚きのあまり二の句が継げない僕を差し置いて、2人の話は続いていく。

 

美波「夢魔は生きていくのに人間の精力が必要なんです。そして、夢魔の世界では生まれてから20年以内に生涯を通して精力を安定して得られる人間を1人、自分の支配下に置くのが慣習になっています。当然私も例外じゃありません。そして、私が出会った人間の中で最も精力が得られそうなのが…プロデューサーさん、貴方だったんです」

 

蘭子「我は天界を追放され、その時に片翼を折られたいわば片翼の堕天使。再び天界に舞い戻るためには膨大な魔力が必要。しかし、我が身のみでは力が及ばず…。故に、契約者、すなわち眷属から魔力を得ることで不足分を補う必要があったのだ」

 

状況をまとめると、僕がスカウトしてきたアイドル2人は実は人間ではなく、夢魔と堕天使で、2人の目的を果たすためには僕が必要らしい。そして、僕との契約をどちらが結ぶかで今揉めている、ということになる。

 

美波「蘭子ちゃん、悪いけどプロデューサーさんは渡さないわ。私のものよ」

 

蘭子「そ、それはこっちのセリフです!私が先に契約したんだもん!早い者勝ちだもん!」

 

美波「だからさっき言ったでしょう?蘭子ちゃんの契約は私ので上書きしたって。だからその契約は無効よ」

 

蘭子「だ、だったらもう一度その上から契約を交わせば…!」

 

何故か蘭子が素に戻っているが、2人の言い争いは止まらない。身動きが取れない上にあまりの非日常に思考が追いついていない僕は、2人の争いを眺めることしかできない。終いには、2人が僕に抱きついて契約を上書きしようとしてきた。

 

???「……やれやれ。やはりこうなってしまうのかい?」

 

突如、第三者の声が事務所に響いた。突然の第三者の介入に動きの止まる蘭子たち。すると、衝立の陰から1人の少女が姿をあらわす。現れたのは、この事務所の所属アイドルの1人、二宮飛鳥だった。

 

飛鳥「全く、何故キミたちはセカイの因果律が捻じ曲がろうとも同じ運命に収束してしまうんだろうね?このセカイの監視者であり調律者であるボクの苦労を増やさないでほしいな」

 

「飛鳥……?なんでお前までここに」

 

飛鳥「今言っただろう?ボクはこのセカイを監視する監視者であり、このセカイに本来あるべきでない歪みを修正する調律者だ。そして、美波さんと蘭子の2人の存在理由に歪みが生じている。その結果、2人の歪みがプロデューサー、キミの人生にまで新たな歪みを生み出そうとしている」

 

「……わけがわからない。ちゃんと説明してくれ」

 

美波「私たちに歪みが生じてるですって……?そんなはずはないわ」

 

蘭子「左様。いくら我が魂の共鳴者であろうと、この運命は変えられぬ」

 

飛鳥「当人たちが歪みに気づくはずはないんだよ。なんせ記憶も事実も全て書き換わってしまうのだからね。本来の新田美波という女性は夢魔の一族の者ではなく、普通の女子大生だし、神崎蘭子という人物は堕天使などではなくただの女子中学生に過ぎないんだ。2人に生じているセカイの歪みはその事実すら歪め、新たな歪みの火種になろうとしている。セカイに刺激がないのはつまらないことだけれど、こういった刺激はやがてはセカイ全体を歪めてしまう。そうなってしまう前にボクがこの歪みを修正する必要があるのさ」

 

「……よく分からないが、この異常事態をどうにかするために来た、ということでいいんだな?」

 

飛鳥「そう思ってくれれば間違いないよ。現に、キミも彼女たちの言動に違和感を感じる部分はあっただろう?それらも全てセカイの歪みから発生したものさ。おそらく、何らかの原因で2人のセカイに強大な力が干渉し、その結果が今の状況を生み出したんだ」

 

美波「そんなはずは………私は誇り高き冥界の夢魔の一族の末裔よ!この事実に変わりはないわ!」

 

蘭子「我も偽りの記憶をアカシックレコードに刻んだ覚えはない!」

 

飛鳥「だから、その記憶、事実自体が書き換えられてると言っているじゃないか…。これはセカイの傍観者であるボクにしか観測できない。セカイの歯車の一部であるその他の存在には一切分かり得ないことなんだ……もっとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛鳥「ボクの真の共鳴者であるプロデューサーだけは、セカイの歪みに無意識下で違和感を感じていたようだけどね」

 

「……どういうことだ」

 

飛鳥「もしも、違和感を感じていないのであれば、美波さんや蘭子との契約とやらについて何も疑問を抱かないはずなんだ。しかし、キミは疑問に思うことがあった。それだけの話さ」

 

「…じゃあ!これを元に戻すにはどうすればいいんだ!教えてくれ!」

 

飛鳥「いいだろう。ボクの共鳴者…すなわちセカイの特異点であるキミを中心にセカイを再構築すれば全ては元に戻るはずさ。だが、そのためにはそこの2人の妨害を避けなければならない。今の彼女たちは自分たちの使命を果たすことに必死なはずだからね。まずは2人を無力化しようか。……もう体は自由になっているだろう?」

 

言われて初めて、自分の体が自由に動くことに気づいた。自分の大切な担当アイドルに手を出すことだけはしたくなかったが、今は緊急事態だと言い聞かせ、素早い動きで美波と蘭子に手刀を打ち込み気絶させる。念のため両腕を拘束し、万が一目覚めても妨害が入らないようにした。

 

「……これでいいか?早く始めてくれ」

 

飛鳥「ああ。………行くよ」

 

飛鳥が左手を空にかざすと、そこに複雑な魔法陣が描かれる。魔法陣の中には時計の針のようなものがいくつも動いており、ガチャガチャと音を立てていた。

 

………5分ほど経っただろうか、魔法陣の中に描かれた時計の針の動きが止まると、魔法陣全体が激しく光り輝き始めた。

 

飛鳥「これでセカイの調律は完了した。あとはこのゲートをくぐれば全ては元に戻るはずだ」

 

そう言うと、飛鳥は魔法陣を縦に切り裂き、大きな門のようなものが姿をあらわした。これが彼女の言うゲートなのだろう。彼女にありがとうと感謝の言葉を伝え、言われるがままゲートをくぐる。ゲートをくぐったさきには何もない空間が広がっており、やがて意識は深い闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

飛鳥「………」

 

飛鳥「ごめん、プロデューサー」

 

セカイの調律者を自称する少女は、ゲートの先の空間に飲み込まれていった男に静かに謝罪した。セカイの歪みの修正方法、それは、特異点となるプロデューサー自身をセカイから追放すること。彼を追放すればこのセカイは本来のカタチを取り戻す。彼を追放しようとすれば、間違いなく美波や蘭子は止めようとするだろう。そのために彼女は自身の理解者に嘘を吐き、彼に蘭子たちを無力化させ、そして飛鳥自身の手で彼を始末した。セカイが修正されれば、やがて彼女たちの本来のプロデューサーが姿をあらわすであろう。だが、彼は真の意味での彼女の理解者ではない。

 

飛鳥「様々なアプローチで修正は試みた。でも、キミをこのセカイに残す方法は必ずセカイに歪みを生じさせる。全てを収束させるにはこれしかなかったんだ…………」

 

贖いの言葉は誰に聞かれることもなく虚空に消えていく。やがて、唯一の理解者を自らの手で闇に葬った事実に耐えきれず、二宮飛鳥は静かに涙を流した。


-end-